2010年05月30日

普天間、辺野古、徳之島そして三沢

 ついに社民党の福島大臣が罷免されました。福島大臣が最後まで沖縄県内への米軍基地移設に反対したことは評価したいと思います。何故、鳩山さんは混迷を続けるのでしょうか。

 それは、普天間飛行場の代替地を無理矢理探そうとするからです。いま、私たちが根本に戻って議論すべきことは、普天間飛行場は本当に必要なのかどうかということです。鳩山さんは抑止力といいました。誰に対する抑止力でしょうか。北朝鮮それとも中国?

 米軍基地は相手からすればもっとも攻撃の対象となる施設です。
基地の街はもっとも危険な街です。それを押しつけるのであれば、その必要性をしっかり説明することは最低限必要なことのはずです。

 先日、米軍のF16戦闘機50機が配備されている基地のある青森県の三沢を訪問しました。この基地に所属するF16戦闘機がアフガニスタンで無差別攻撃を展開しているのです。三沢基地はアフガニスタンの市民の尊い命を奪うために利用されています。私には、三沢米軍基地が日本の平和に貢献しているとは到底考えられません。
 沖縄の基地が誰のために必要なのか、普天間の海兵隊は何のために常駐しているのか、国会で徹底的に議論してもらいたいところです。
 普天間の代替地を探すのではなく、危険な普天間基地の無条件返還をアメリカに求めていくことこそが、鳩山さんがやるべき仕事だと思います。
 
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2010年05月24日

橋下新党圧勝!

 23日投票の大阪市会議員補欠選挙(福島区)で橋下知事が立ち上げた「大阪維新の会」の候補者が民主、自民、共産の各候補者を圧倒して当選しました。民主党の候補者は共産党、自民党にも負け第4位という結果でした。

 民主党や自民党に対する不信が市民の間に急速に高まっていることが証明された結果と言えます。ただ、橋下新党が何をめざしているのかについて、大阪府民はどこまでわかっているのか疑問です。大阪が大阪市を解体して東京のようになれば、機能が強化され、きっと地盤沈下がなくなり大阪の景気が良くなる。何となく漠然とそう考えているとしたら、それは大きな間違いだと考えます。

 橋下知事の大阪市解体構想は、道州制を導入して関西州を作ることの一環です。そして国が行ってきた福祉、医療、教育、労働などの規制監督権限を関西州に移行させようというのです。
 道州制という構想は一見すると行政の効率化と地方分権を進める優れた政策のように見えます。しかし、この構想は市民にとっては極めて恐ろしいものなのです。
 
 すでに動き出している例でいえば、保育所の設置基準の緩和があります。子どもの成長に最低限必要な保育所のスペース確保や保育士の数などは国の基準で決められてきました。それを地方ごとに自由に決定できるようにしようというのです。社会問題となっている営利企業の保育事業への参入が拡大します。
 橋下知事は先日ハローワークをすべて大阪府に統合する案を打ち出しました。確かにハローワークの運営に問題はあるのですが、これをすべて大阪府の権限にした場合にどんなことがおきるでしょうか。
 ハローワーク職員の大幅な削減と民間企業への丸投げ委託の横行です。健全な職業紹介が損なわれることは明らかです。

 実は、いま道州制導入にもっとも熱心なのは財界です。日本経団連のホームページにも大きく掲げています。関西財界も同様です。道州制導入によって、規制の緩和を促進し、民間企業が公務に積極的に参入できるからです。最近、関西財界が橋下知事をまったく批判しなくなっているのはそのあらわれです。
 一方、市民生活はこれまで最低基準(ナショナルミニマム)として保障されてきた権利が奪われてしまうのです。
 道州制は誰のためのものか、しっかり追及していくことが重要になっています。
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2010年05月16日

アジアの労働紛争解決

20100516102750.jpg 第60回労働法学会が名古屋大学で開かれました。60回という記念すべき大会ということで、韓国、中国、台湾の研究者の皆さんをお招きし、各地域の労働紛争解決制度をご報告頂き、日本の現行制度との比較検討や課題について討議されました。

 わが国では、あらたに開始された労働審判制度が飛躍的に拡大し、通常訴訟とあわせて裁判所に提起される労働事件件数は7000件に達するようになりました。労働局のおこなう個別紛争解決制度も1万件の新規受理件数となり、労働事件の受理件数は近年急増しています。

 ところが、わが国における労働紛争の公的解決機関への申請件数は韓国・中国・台湾と比較して、まだまだ極めて少ないことが報告されました。申請受理件数を労働人口で除した数値は、日本が0.21であるのに対して、韓国は0.7、中国は1.24、台湾は2.46です。ドイツやフランスなどのヨーロッパ各国と比べて極めて少ないことはこれまでも指摘されてきましたが、アジアの国に比較しても少ないのです。

 申請が少ない原因は色々考えられますが、職場で法律に基づいた適正な秩序が形成しているとは考えられません。紛争解決システムが充分に機能していない仕組みとなっていることに大きな原因がありそうです。労働者が正当な権利を迅速で適正に安価な費用で実現できる機関の拡大を実現していかなくてはならないと思います。そのためにアジアの各国から学ぶところが多そうです。これからはアジアの制度にも注目する必要が大きいことを感じました。
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2010年05月09日

二兎追うものは一兎も得ず!

 例えが適切とは言えませんが、鳩山さんの行動はこの諺どおりではないでしょうか。
 鳩山さんが明言した「米軍普天間基地問題の決着締めきり日」である5月末が迫ってきました。鳩山さんは、このところ沖縄現地を訪問するなど精力的な行動を展開しています。しかし、地元沖縄もそして移転候補地とされた徳之島の住民も移転には強く反対しています。もはや、5月末決着は到底考えられない状態です。

 鳩山さんは、かつて記者会見で、「沖縄の皆さんの思い」と「アメリカとの信頼関係」のどちらも大事にしたいと発言していました。しかし、この2つは利害が相対立するものであってどちらも得ようとすることは当初から無理だったのです。どちらの立場に立つのかの選択が迫られていたのです。
 鳩山さんは、選挙の時には「最低でも県外」と言い、「アメリカと対決する」と言っていました。「米軍は沖縄から出て行け」との沖縄県民の思いに沿って行動すると誓ったのです。
 ところが、最近は、勉強したとして「海兵隊の抑止力としての重要性を理解した。」などと発言し、完全にアメリカ側を選択する発言になりました。

 わたしは、海兵隊は強大な他国侵略最先端軍隊であって、現在アジア諸国に大きな脅威を与えているのであり、この部隊が日本からなくなることはアジアの諸国から日本への信頼を得ることになり、アジアの安定をもたらすものであると考えています。
 詳しく述べることは避けますが、中国軍脅威論や北朝鮮脅威論は科学的データが貧弱で、ためにする議論でしかありません。米日韓の軍の強大な軍事力と比較するとあまりにも貧弱な能力です。そもそも、軍事力に頼る安全保障政策は極めて危険なものです。
 福島社民党党首が記者会見で述べたように「憲法九条の改正こそ、アジア諸国にとって脅威」となります。憲法九条の堅持こそ強力な安全保障なのです。

 鳩山民主党が安全保障政策や憲法改正について、自民党と同じ方向を進もうとする限り、国民は民主党から離れていくのだということが、次第に明らかになりつつあるのだと思います。
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2010年05月02日

きたやまおさむコンサート

 5連休、7連休を満喫されている皆さん、しっかり英気を養ってください。私は幻のデンマーク調査直後の日程のため、遠出の予定はありませんが、溜まった仕事を片付けながら比較的のんびりと過ごしています。
 NHKBSで放映された「きたやまおさむさよならコンサート」を堪能しました。

 きたやまおさむ(北山修)さんをしっていますか?50代以上の方は、「何を馬鹿なことを聞くんだ?」とお怒りになることでしょう。でも、20代、30代の方は、「誰、それ」と反応するかもしれませんので、一応解説を。

 北山さんは、はしだのりひこさん、加藤和彦さんとフォーククルセイダーズというフォークグループを結成しました。1971年に「帰ってきたヨッパライ」が280万枚のレコード売り上げを記録し、一躍有名になりました。北山さんは、当時京都府立医科大学の学生でした。初代フォーククルセイダーズは「あのすばらしい愛をもう一度」「イムジン河」などの今も歌い継がれる名曲を残して1年で解散しました。

 北山さんはその後、多くのフォーク歌手のために作詞活動を続けました。シューベルツの歌った「風」やジローズの歌った「戦争を知らない子ども達」をはじめ、たくさんの作品が若者に愛されました。
 70年安保を経た時代の若者たちに共感された作品郡でした。政治的な背景を謳った作品もたくさんありました。南北朝鮮の分断を謳った「イムジン河」は発売中止になりました。私は1974年に大学入学なので、学生時代は歌声喫茶やサークル合宿などでたくさんの北山さん作品をみんなで夜通し歌い続けていました。

 きたやまさんは、精神科医としての仕事を続けられ、このたび九州大学医学部教授の職を定年退官されました。それを記念しての「さよならコンサート」が九州大学で開かれ、その模様がテレビ放映されたのです。
 混沌とした政治状況の現在、若者たちがあたらしい何かを求めてもがいていた70年代、重なる部分がたくさんあります。
 若者に対し、彼ら彼女らが将来に希望と展望をもてる世の中につくり変えていく「大人」の責任を感じています。そのために行動していくための元気をたくさん貰えたコンサートでした。
posted by 中村和雄 at 18:54 | みなさんの意見(0) | TrackBack(0) | よもやまばなし