2011年04月24日

「情報」は誰のもの

 福島原発に関する東電や政府の発表を見ていると、明らかに情報を操作しようとの意図が見えます。すべての客観的科学的な情報を公開し、そのうえで見解を述べ政策決定をする、というのが本来のあり方です。しかし、東電や政府は、こんな情報を出してしまったら市民が混乱するだとか、この情報は誤解を招きかねないなどの政治的な配慮(悪くいえば保身)から、かなりの情報を直ちに公開することをしていません。そのことが、かえって市民の政府や東電に対する不信感を煽っているように思います。

 政府や東電の対応は、市民を信用していないことの表れでもあります。自分たちの方が正しい判断をできるとの傲慢な態度の表れです。最初からすべての情報を正しく公開していれば、在野の専門家の英知も結集して最悪の事態は回避できた可能性もあるのです。

 情報公開に関しては、わが国よりアメリカの方が遙かに進んでいます。アメリカ情報公開法(FOIA)には次のような記載があります。「政府と政府のもつ情報は人民に所属する。」「政府のもつ情報に関して国家の正当な機能は人民に奉仕する管理人という機能である。」
 明らかにわが国政府の現状と違っています。私たちは、今回の震災を受けて、この国を作りかえていかなければなりませんが、そのためには国の情報管理のあり方も転換させなくてはいけないのです。頑張っていきましょう。
posted by 中村和雄 at 16:09 | みなさんの意見(2) | TrackBack(0) | 国政のことなど

2011年04月16日

「放射線うつる」

 福島県から千葉県に移転してきた子どもが公園で遊んでいました。他の子たちから「どこから来たの」と聞かれたので「福島から」と答えたら、他の子たちが「放射線がうつる」といって逃げていったとのことです。子どもが泣いて親に話したとのことです。地震、原発被害で大変な思いで避難してきたうえに、さらにこうした被害にあうのですから、子どもの心情はたまらないでしょう。泣くわが子に接する親もいたたまれない気持ちだと思います。

 福島に住む友人から、こうした事態が多発しており、なんとか有効な手立てはないのかとの相談が寄せられました。子どもたちの発言は子どもたちに責任があるというよりは、その親たちの日常会話が反映しているのだと思います。万が一わずかの被爆をしていたとしても、それが他の子にうつるなどということが科学的にありえないことがきちんと理解されていないのでしょうか。そういえば、原発事故直後にマスクをかける人がたくさんでました。
 安全・安全といわれていた原発がじつは非常に危険な存在であったことが判明し、事実を隠し続けてきた東電や政府の情報を信頼できなくなっているのです。こうしたなかで、事実に基づかない風評が一人歩きしてしまうあぶない状態でもあります。

 かつて、水俣病の被害者が就職を求めて関西に移住しました。「水俣から来た」と伝えた瞬間からそれまで仲のよかった隣人が一切近所づきあいを避けるようになったとの話を、患者さんたちからよく聞きました。「水俣病はうつる」まったくの偏見です。エイズ患者さんも同様です。職場の仲間が避けて通るようになったとのことでした。
 
 こうした偏見がまだまだ存在します。その国の文化水準や人権意識のバロメーターでもあります。大人の役割は、科学的で正しい知識を提供すること、風評に惑わされず正確な情報に基づいて科学的論理的に判断すること、そしてそのことを子どもたちにも教えることではないでしょうか。
 福島の子たちを地元の子たちが温かく迎えて一緒の笑い声が聞こえる公園の砂場が実現することを願います。
posted by 中村和雄 at 15:40 | みなさんの意見(3) | TrackBack(0) | 環境

2011年04月11日

クレサラ対協と松山城の桜

110409_155909.jpg 土曜日にクレジット・サラ金問題対策協議会の幹事会が松山で開かれ、私は「非正規労働問題」学習の講師として招かれました。全国各地で、サラ金問題とたたかった運動の中心メンバーが集まり、貧困問題の根っこにある非正規労働問題について学習しようという格調高い企画です。サラ金地獄、生活保護、ワーキングプア、これらの根っこは共通だということを自覚し、共同の運動を創り上げていくことの重要性を改めて感じました。
 これまで労働問題を手掛けていない方々が、熱心に関心を寄せてくれていることに感謝します。果たしてどこまで期待に応えられたかは不明ですが、こうした機会が増えればいいなと思います。

 帰りの電車まで少し時間があったので、松山城の満開桜を見学しました。東北地方の開花はこれからです。学生の頃に仙台の西公園で学生仲間たちと花見をしていた頃を思い出します。桜たちが被災者のみなさんを元気づけてくれると良いですね。
posted by 中村和雄 at 23:01 | みなさんの意見(0) | TrackBack(0) | よもやまばなし

2011年04月02日

赤と黒 非正規労働判決連敗

110330_204652.jpg 3月30日、31日と私が担当する2つの非正規労働者の裁判の判決が東京と京都であり、完敗しました。
 30日は,国立病院の賃金職員と呼ばれる嘱託職員たちの裁判です。彼ら彼女らは、国の機構改革で独立行政法人になった段階で「非常勤職員」と名称を変更されました。勤務時間を減らされたうえ、賃金が大幅に減少しました。東京高裁は、原告らは任用期限が満了したのだから身分を失ったのである。たとえ、これまで何年働いていようが関係ない。新たな非常勤職員としての採用はまったく新しい採用なので、どのような労働条件にするかは自由である、との許し難い形式論理で請求を認めませんでした。
 31日は、京都大学の時間雇用職員たちの裁判です。図書の入力業務を3年半にわたって更新されてきた契約について、京都地裁は、原告らが担当してきた業務は「家計補助労働、期限の定めのない契約を結ぶべき社会通念上相当な事情はない」と雇用継続を認めませんでした。原告らは、この仕事で得られる賃金で生活してきたのであり、誰かに頼って生活していたわけでもありません。また、「家計補助する立場の仕事従事者は簡単に首を切られてもいいのだ」というのではたまったものではありません。

 どちらの判決も、非正規労働者を物のように使いすてにしてきたこれまでの日本の雇用の仕組みを追認するひどい内容です。非正規労働者がいまどんな状況で働いているのか、どんな思いで仕事をしているのか、裁判所にはまったく届いていないようです。同じ労働者として保護していこうという発想が完全に欠如しています。

 どちらの事件の当事者も直ちに不服を申し立てることにしました。この国の働き方の仕組みを変えるためにも頑張っていきたいと思います。
 上の写真は国立病院賃金職員のみなさんです。判決日の夜、大阪に戻り集会をしたときの状況です。私は両裁判の判決において、この日のために験を担いで高いネクタイを締めて法廷に望みました。30日は青、負けてしまったので31日は赤。やはり、神頼みは通じないようです。
posted by 中村和雄 at 12:37 | みなさんの意見(4) | TrackBack(0) | 裁判