2011年08月10日

大文字送り火騒動 「残念」はないですよ


 大文字の送り火に津波で倒れた岩手県陸前高田市のマツを使う計画を中止したことに対して、全国から抗議の声が寄せられています。市民ウオッチャー・京都のHPにも意見が寄せられました。

「放射能汚染も無い松を使用しないなんて風評被害を助長するものです。協賛企業の公表と公費差し止めを要求したいです。五山の送り火には原発被害者は放射能を帯びているから京都に来るなと言う事ですか?」

「千葉県に在住する者ですが、三重県生まれです。京都市民は、今回の「五山送り火」で、陸前高田の方々が海岸の松を削り、慰霊を込めて造られた350柱の小さな護摩木を共にお焚き上げする事を冷たく拒絶されました。日本人として非常に恥ずかしく思います。京都人は、一見すると表情は柔和だが、心は冷たく冷酷な人達なので、付き合わない方が良いと、祖父から教わりましたが、今回の件で、そうだったのかと思いました。京都の人々は、人の姿をした冷酷な心を持つ、恐ろしい「人面夜叉」なのでしょうか?」

 今回の保存会と京都市の対応が京都市民のイメージを大きく損なってしまったことは間違いありません。門川市長が「今回の決定は残念で寂しい」とコメントしたことに対して、保存会の松原理事長が「納得できない」と語ったことが京都新聞に報道されていました。セシウム検査ですべて未検出なのに中止とされたのでは抗議が殺到するのは当然です。保存会は逐一京都市に方針を報告していたというのですから、京都市が適切なアドバイスをしていれば、こんな事態にならずにすんだはずです。市長は、適切な指導が出来ず「申し訳なかった」と謝罪すべきだったのではないでしょうか。他人事のように「残念で寂しい」では理事長が怒るのはもっともなことではないでしょうか。
posted by 中村和雄 at 11:21 | みなさんの意見(6) | TrackBack(0) | 京都市政の動き
みなさんの意見
私も昨日京都から他府県へ出かけた時に「京都から来たとは恥ずかしいからよう言わん」という声を聞き当然と思います。そこで、「京都市では東日本大震災の被災地・被災者の皆様の支援に全力で取り組んでいます」(京都市ホームページ)のメッセージが泣いています。と次のような京都市長さんへメールを送りました。
「突然の拒絶」は、放射能汚染は検出されなかったことを確認しながらも京都市が根拠のない風評被害を新たに発生させ、東北支援の絆を無残にも断ち切ったものであり、社会通念上も許されない行為です。
つきましては、京都府市民、全国の人に、京都市長として「事前の合意のもとに進められていた受入れが、なぜ、突然の拒絶に至ったのか」その理由を示し説明する責任があります。保存会の問題として片付けようとされるのであれば、東日本復興支援を冠する来春の「3.11京都市マラソン」も色あせてしまうのではないでしょうか。

Posted by 坪井 修 at 2011年08月10日 12:02
私も昨日京都から他府県へ出かけた時に「京都から来たとは恥ずかしいからよう言わん」という声を聞き当然と思います。京都市の今回の行政指導により京都府市民、国民は多様な不利益を被りました。そこで、昨晩「京都市では東日本大震災の被災地・被災者の皆様の支援に全力で取り組んでいます」(京都市ホームページ)のメッセージが泣いています。と次のようなメールを京都市長さんへ送りました。
放射能汚染は検出されなかったことを確認しながらの「突然の拒絶」は、京都市が根拠のない風評被害を新たに発生させ、東北支援の絆を無残にも断ち切ったものであり、社会通念上も許されない行為です。
つきましては、京都府市民、全国の人に、京都市長として「事前の合意のもとに進められていた受入れが、なぜ、突然の拒絶に至ったのか」その理由を説明する責任があります。保存会の問題として片付けようとされるのであれば、東日本復興支援を冠する来春の「3.11京都市マラソン」も色あせてしまうのではないでしょうか。・・・・というものです。

京都には、「五山の送り火」はじめ多くの伝統的な祭りごとがありますが、その一つ一つが住民参加によるものであることは言うまでもありませんが、京都市による「指導、勧告、助言」という行政指導が一体のものとしてあります。私は、今回の京都市による指導、勧告、助言はどのように行われたのか、「行政上の意思決定について、その内容及び過程が国民にとって明らかであること」(行政手続法第1条)が求められると思います。
Posted by 坪井 修 at 2011年08月10日 12:40
市長の主体性のなさがこういう結果になったのです。また、市長周辺で市長を補佐する人たちも、何の提言も市長にしなかったのでしょう。京都人が、本当に夜叉のような人間なのでしょうか。悪印象を絶つためにも、京都市政の刷新のために努力しなければなりません。
Posted by 村上 at 2011年08月10日 17:26
こんにちわ。京都市はいったい何を考えているのか、馬鹿げたことをした物だ、京都市民の信用がなくなったと考えてもおかしくない、被爆者たちの気持ちがわからない市長はいらない、私も抗議のメールを送りました、こんな時だからこそ被爆地の人たちの気持ちを考慮しなければいけないと思います。
Posted by 竹本繁夫 at 2011年08月10日 18:01
岩手県陸前高田市の方々はもちろん、東北の方々は今必死に復興に向けて頑張っておられるわけですが、その一方でまた3月11日以前の暮らしを取り戻す事は出来るのだろか?中には家族や愛する人、住み慣れた家や土地を失い絶望さえ感じながら毎日をおられるのが現実です、時には心が折れる事もあるでしょう、その様な方々にとっては今回の一件は心に深い傷を負ったのは間違いないでしょう。

私も五山の送り火について詳しい事は分かりませんが、確か8月13日(迎え盆)の夜にあの世から亡くなられた御先祖の方々をお迎えし、そして8月16日(送り盆)に御先祖の方々があの世にお戻りになられるわけですが、その時に御先祖の方々迷わずあの世にお戻りいただけるように、京都では五山の送り火を焚き御先祖の方々通る道を照らす光(道標)の意味があると聞いた事が有ります、だからこそ岩手県陸前高田市の方々は松の木(地元の木)一本一本に一日も早い復興が出来るようにとの願いを書き、五山の送り火で焚いてもらいたいとの思いがあったはずです、何が言いたいかと言えば、五山の送り火は単なる焚き火ではなく、また、単なる松の木では無く、神社やお寺で思い(願い)を書く護摩木であり、護摩を焚くのと同じ意味も有ると私は考えています。

なのに、京都市長の指導不足から招いた今回の一件は岩手県陸前高田市の方々はもちろん、東北の方々に対してこの上ない失礼な事であり、また、京都市民どころから京都府民に対しても大きな悪影響があり、国民に対して信用、信頼を失う事態だと私は考えます。
Posted by 南城翼 at 2011年08月11日 21:27
まったく別の観点から。
ご先祖は「太陽暦」にあわせて「あの世」と「この世」を行き来するわけではありません。

(「千の風・・」に歌われているように、残った人々の周りで見守っている、というのが仏教的には正しい理解だと思います。)
「迎え」「送り」は、いま生きている人々の心に対してのものです。

どこの松を使うとかいう問題ではないはずですが・・・。
(薪が100gだろうが10tだろうが、「気持ち」に差はないだろうし)

そもそも、「話題性」に飛びついて、あっちに向いたりこっちに向いたり・・、
という姿勢が、なんとも情けない。
Posted by meisinn at 2011年08月20日 19:16
意見を書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/47294781
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック